語呂合わせ
幸先(313)いいぞ、ミラノ勅令
コンスタンティヌス帝は、ミラノ勅令を発布して、すべての宗教の信仰の自由を認め、キリスト教を公認しました。
目次
コンスタンティヌス帝とは
コンスタンティヌス帝は、ローマ帝国の皇帝で、歴史上初めてキリスト教を公認した皇帝として知られています。
ニケーア公会議やコンスタンティノープルへの遷都など、宗教・政治の改革を進めました。
あわせて読みたい


325年 ニケーア公会議
語呂合わせ 見に来(325)い、ニケーア公会議 コンスタンティヌス帝によって開かれたニケーア公会議によって、アタナシウス派が正統、アリウス派が異端とされました。 …
あわせて読みたい


330年 コンスタンティノープルへ遷都
語呂合わせ さぁさぁお(330)いでよ、コンスタンティノープルへ遷都 コンスタンティヌス帝は、ローマ帝国の首都を、ローマからビザンティウムに「第二のローマ」として…
増え続けるキリスト教徒
1世紀に誕生したキリスト教徒は、迫害を受けながらも、ローマ帝国内に広がっていきました。
303年にはディオクレティアヌス帝による大迫害があったにもかかわらず、その数は増えていきました。
ミラノ勅令 ― キリスト教を公認
そんな中、コンスタンティヌス帝は、ミラノ勅令によって、キリスト教を含むすべての宗教に信仰の自由を認めました。
コンスタンティヌス帝はキリスト教徒を迫害するのではなく、ミラノ勅令によって公認したのです。
なぜキリスト教を公認したのか
コンスタンティヌス帝が、内戦中に「キリスト教の神の加護により勝利した」と考えたことが背景にあります。
また、ローマ帝国を統制するために、キリスト教徒の支持を得ようとした政治的判断も大きかったと考えられています。