語呂合わせ
ローマ帝国のテオドシウス帝の死後、息子2人がそれぞれ東西の皇帝となり、ローマ帝国は東西に分裂しました。
長子のアルカディウスが継いだのが東ローマ帝国、次子のホノリウスが継いだのが西ローマ帝国です。
この分裂以後、ローマ帝国が再び統一されることはありませんでした。
この記事では、ローマ帝国の分裂について整理し、高校世界史で問われやすいポイントをわかりやすく解説します。
目次
テオドシウス帝の後を継ぐ二人の息子
テオドシウス帝は380年にキリスト教の国教化を通じて帝国統合を図りましたが、広大なローマ帝国を一人の皇帝で統治することは困難でした。
そのため、395年のテオドシウス帝の死後、二人の息子が東西の皇帝となり、ローマ帝国は東西に分裂しました。
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長子アルカディウスの東ローマ帝国

長子のアルカディウスの東ローマ帝国は、東方交易の発展や豊かな財政基盤を背景に安定した統治を行いました。
その結果、東ローマ帝国は、1453年にコンスタンティノープルがオスマン帝国によって陥落されるまで、約1000年以上続くことになります。
次子ホノリウスの西ローマ帝国

一方、次子ホノリウスの西ローマ帝国は、防衛力や財政基盤が弱体化していました。
410年には西ゴート人によってローマが略奪されるなど混乱が続き、最終的に476年、ゲルマン人傭兵隊長のオドアケルによって西ローマ帝国は滅亡しました。
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