こんにち、名(527)広まる、ユスティニアヌス帝の即位
527年、ユスティニアヌス帝は、東ローマ帝国(ビザンツ帝国)の皇帝に即位しました。
彼は東ローマ帝国の最盛期を築いた人物で、ローマ帝国の再興を目指した最後の皇帝と言われています。
この記事では、ユスティニアヌス帝の即位について整理し、高校世界史で問われやすいポイントをわかりやすく解説します。
東ローマ帝国のユスティニアヌス帝
ゲルマン民族の大移動により西ローマ帝国は476年に滅亡し、西ヨーロッパにはゲルマン諸王国が成立しました。

一方、東ローマ帝国は存続し、ローマ帝国の統治制度を引き継いでいました。
この東ローマ帝国で、527年に即位したのがユスティニアヌス帝です。
ローマ法大全の編纂
ユスティニアヌス帝は、時代遅れになっていた法律を整理・統一し、ローマ法大全を編纂しました。
ローマ法大全は、勅法彙簒、学説彙纂、法学提要および新勅令からなり、ヨーロッパの法体系に大きな影響を与えました。
- 勅法彙簒 … 既存の勅令の法典化
- 学説彙纂 … 法学者の説話集
- 法学提要 … 法学初学者用の教科書
- 新勅令 …… 新たに発布された諸勅令
ハギア=ソフィア大聖堂の建設
ユスティニアヌス帝は、首都コンスタンティノープル(現在のイスタンブール)にハギア=ソフィア大聖堂(聖ソフィア聖堂)を建てました。
この大聖堂は、大ドーム(円屋根)とモザイク壁画を特徴とするビザンツ様式の建築物です。
この教会は、6世紀の建築でありながら、高さ約54メートルもありました。
西方領土の回復
ユスティニアヌス帝は、ゲルマン人に奪われた旧西ローマ帝国領を回復するために、西方に軍を派遣しました。
ヴァンダル王国の滅亡
北アフリカのヴァンダル王国が内紛で混乱すると、軍を派遣してカルタゴを占領し、ヴァンダル王国を滅ぼしました。

東ゴート王国の滅亡
続いて、イタリア半島の東ゴート王国と戦い、東ゴート王国を滅亡させました。
しかし、この戦争は、20年にも及び、長期化したため、東ローマ帝国は経済的な損害も大きく受けました。
西ゴート王国からの領土奪還
さらに、西ゴート王国から、イベリア半島南部(現在のスペイン)を奪還しました。

