618年 唐の建国

唐の李淵
唐の李淵
語呂合わせ

浪費莫(618)大、唐の建国

山西の豪族の李淵りえんは、隋末の混乱に乗じて、とうを建国しました。

李淵は、ずい煬帝ようだいのいとこです。

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隋の衰退

隋の2代皇帝である煬帝ようだいの失政や過度の土木事業(大運河の建設など)による民衆の反発がありました。

これにより各地で反乱が発生し、政権が不安定化しました。

豪族の李淵は隋の中央権力の弱体化を利用して挙兵しました。

唐の建国

隋の煬帝が殺害されると、李淵は皇帝に即位し、国号をとうと定めました。

次男 李世民の活躍

李淵の息子の李世民りせいみんは、武力と政治手腕で内乱を収束させ、唐の支配を全国に広げました。

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