無用(64)の弾圧、ネロ帝のキリスト教徒迫害
ローマ大火が発生したとき、ローマ帝国第5代皇帝ネロが放火を命じたという噂が広まりました。
ネロは、この噂を消すために、キリスト教徒に罪を転嫁し、迫害したとされます。
この記事では、ローマ大火とネロ帝によるキリスト教徒迫害について整理し、高校世界史で問われやすいポイントをわかりやすく解説します。
帝政ローマの成立
アウグストゥスの元首政(プリンキパトゥス)により、帝政ローマの時代が始まりました。
アウグストゥスの後、ティベリウス(2代目)、カリグラ(3代目)、クラウディウス(4代目)が後を継ぎます。

ネロの登場

ローマ帝国4代目の皇帝クラウディウスの養子であったネロは、クラウディウスの急死を受けて、わずか17歳で皇帝に就任しました。
ネロの善政
ネロは就任した当初、ストア派の哲学者セネカの補佐を受けて政治が行われ、即位後の5年ほどは善政を行ったとされています。
ネロ帝の師セネカ
セネカはネロの教育係で、のちに側近として政治顧問を務めました。
コルドバ出身のストア派哲学者で「幸福とは何か」を論じた『幸福論』を書いています。
ストア派
ストア派とは、心の平穏を目指す哲学です。
禁欲主義的な教えで、英語の「ストイック(禁欲的)」の語源にもなっています。
代表的な哲学者にセネカやエピクテトス、マルクス=アウレリウス=アントニウスがいます。
ネロの暴政

その後、ネロは母や妻、近臣のセネカを殺害し暴走が始まります。
芸術に過度に傾倒するようになり、政治を顧みないようになりました。
ローマ大火

このような中、64年に起きたのがローマ大火です。
鎮火するまで6日7晩かかり、ローマの3分の2が焼失したといわれています。
キリスト教徒を迫害

ネロは、自らの放火の噂を打ち消すため、キリスト教徒を放火犯として断定し迫害を行ったとされます。
この時、使徒のペテロやパウロが処刑されたといいます。
ペテロ ― ユダヤ人への伝道

ペテロは、12使徒(キリストの12人の直弟子のこと)の最高位とされる人物です。
パレスチナからギリシアの都市を回って、ユダヤ人への伝道を行いました。
初代ローマ教皇に位置づけられています。
パウロ ― 異邦人への伝道

パウロは、もともとパリサイ派でしたが、イエスの復活を見て回心した人物です。
異邦人(ユダヤ人以外の人々)への伝道を行ったため「異邦人の使徒」と呼ばれています。
「信仰によってのみ救われる」とは、パウロの言葉です。
ネロの最期 ― 「偉大な芸術家が失われる」
暴君と化したネロでしたが、最後は反乱を受け自害します。
この時、「世界は、私という偉大な芸術家を失うのだ」と言ったといいます。
ネロの死後、ローマは混乱の時代に突入しますが、その後、安定の五賢帝時代が始まります。

理解を深めるQ&A
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