875年 黄巣の乱

黄巣
黄巣
語呂合わせ

やな事(875)起こる、黄巣の乱

黄巣こうそうの乱は、塩の密売人である王仙芝おうせんし黄巣が起こした反乱です。

この乱によって、唐王朝の支配が揺らぎ、滅亡への道をたどることになります。

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塩の専売と庶民の不満

唐王朝では、財政難を補うため、塩の専売制度が導入されていました。

塩は生活に欠かせないため、価格が高騰し、農民や庶民の生活は苦しくなります。

こうした中、密売に頼る者も現れるようになります。

王仙芝と黄巣の決起

塩の密売人だった王仙芝黄巣は、民衆の不満を背景に反乱を起こしました。

875年、王仙芝が蜂起し、まもなく黄巣も合流し、反乱は広がっていきます。

黄巣、長安を占拠

王仙芝が戦死した後、黄巣が指導者となり、反乱軍は勢いを増していきました。

そして、唐の都・長安ちょうあんを占拠、国号を大斉だいせいとし自ら皇帝を名乗って即位します。

朱温の寝返りにより乱は鎮圧

こうした中、黄巣軍に加わっていた朱温しゅおん(後の朱全忠しゅぜんちゅう)が、唐側に寝返ります。

黄巣軍を裏切った朱温は、唐の皇帝から「全忠(全くの忠義者)」の名前をもらいます。

一方、唐は突厥とっけつ系の軍閥・李克用りこくようにも援軍を依頼。

朱温と李克用の連携により、黄巣軍は徐々に追い詰められていきました。

反乱の鎮圧

最終的に黄巣は自害して乱は鎮圧されました。

しかし、この乱によって唐の支配体制は完全に揺らぎ、各地の節度使が実権を握る分裂状態に突入します。

こののち、朱全忠が唐を滅ぼし、後梁こうりょうを建国するなど、五代十国ごだいじっこく時代への幕開けとなっていきます。

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