悔いよ(914)残さず、
この意見書では、租税の負担方式を「人」から「土地」へと見直すことが提案されていました。
この記事では、意見封事十二箇条について整理し、高校日本史で問われやすいポイントをわかりやすく解説します。
三善清行
律令制度の矛盾や衰退を分析し、政治の刷新を目指す意見をまとめました。
意見封事十二箇条 ― 政治改革の意見書
当時の社会の乱れや税制の不備を指摘し、改善策が書かれていました。

人身賦課の限界
当時の税制は、人に課税する
つまり、課税対象は戸籍に登録された人々でした。
しかし、戸籍制度の形骸化とともに課税対象が不明確になり、租税の徴収が困難になっていたのです。
土地賦課を提案
「人」から「土地」へという課税対象の転換は、律令国家の構造変化を象徴する重要な出来事でした。
名と負名
課税対象となった土地のことを
特に大規模な農業経営を行う有力農民は
国司の変容
以前は、天皇の代理として地方の発展を担っていた国司(国を統括する者)が、徴税請負人としての性質を帯びるようになっていきます。
受領
国司のうち、徴税の責任を負うものは、
受領は、朝廷に決められた額を納税すれば、余りは自分のものにできました。
そのため、私腹を肥そうとする受領も現れることになります。
関連年表
平安時代、中期(901〜1068年)の歴史は、次の通りです。
| 年号 | 出来事 |
|---|---|
| 901年 | 日本三代実録の撰進 |
| 902年 | 延喜の荘園整理令 |
| 905年 | 古今和歌集の成立 |
| 907年 | 唐の滅亡 |
| 914年 | 意見封事十二箇条の提出 |
| 916年 | 遼の建国 |
| 918年 | 高麗の建国 |
| 926年 | 渤海の滅亡 |
| 935年 | 平将門の乱 |
| 935年 | 新羅の滅亡 |
| 936年 | 高麗の朝鮮半島の統一 |
| 938年 | 空也、念仏を説く |
| 939年 | 藤原純友の乱 |
| 958年 | 乾元大宝の鋳造(最後の皇朝十二銭) |
| 960年 | 北宋の建国 |
| 969年 | 安和の変 |
| 958年 | 往生要集が著される |
| 988年 | 尾張国郡司百姓等解で藤原元命が訴えられる |
| 993年 | 天台宗、山門派と寺門派に分裂 |
| 1016年 | 藤原道長の摂政就任 |
| 1019年 | 刀伊の入寇 |
| 1020年 | 法成寺の建立 |
| 1028年 | 平忠常の乱 |
| 1045年 | 寛徳の荘園整理令 |
| 1051年 | 前九年の役 |
| 1053年 | 平等院鳳凰堂の建立 |
| 1068年 | 後三条天皇の即位 |
