前1600年頃 殷の成立

甲骨文字
甲骨文字
語呂合わせ

ヒーロー雄々おお(前1600)しく、いんの成立

いんしょう)は、学問的に存在が確認されている中国史上初の王朝です。

青銅器せいどうき甲骨こうこつ文字など、後の中国文明に影響を与えました。

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殷と商

王朝(王朝)は、実在が確認されている最初の王朝です。

は自らが自称した名称、はのちの周王朝がつけた蔑称です。

都市国家「邑」

殷王朝(商王朝)は、ゆうと呼ばれる都市国家の連合体として成立しました。

これを邑制ゆうせい国家といいます。

しょうという有力な邑が、宗主国として他の邑を従えていました。

神権政治

政治は神権政治で神意に従い政治が行われました。

殷墟によって実在が確認

殷墟いんきょは、中国の河南かなん安陽あんよう小屯しょうとん村にある殷王朝の首都遺跡です。

1899年に偶然発見され、発掘調査によって甲骨こうこつ文字青銅器、象牙細工、タカラガイなどが発見されました。

殷墟の発見によって、殷王朝の実在が確認されました。

甲骨文字

甲骨こうこつ文字は、獣骨や亀甲に刻まれた文字で漢字の原型とされています。

19世紀末に発見され、おうこくらによって解読されました。

青銅器

青銅器は、儀式の時の酒器や食器として用いられました。

殷の滅亡 ― 牧野の戦い

殷に服属していたしゅうは、黄河支流の渭水いすい盆地を拠点とした邑の1つです。

周辺の異民族を征伐しながら力をつけていきます。

その後、周の武王牧野の戦いで殷の紂王を破り、殷王朝を滅ぼしました。

これを殷周革命といいます。

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