語呂合わせ
泣くに(792)泣かれぬ、健児の制
目次
軍団制の課題
当時の日本では、農民兵を主体とした軍団制が採用されており、兵力の量には優位性がありましたが、兵力の質(士気や練度)という点では、課題がありました。
また、唐の弱体化によって、対外的な緊張が緩和されることで、兵力の量よりも質が優先されるようになります。
あわせて読みたい


755年 安史の乱
語呂合わせ 名ここ(755)に刻む、安史の乱 安史が起こした反乱です。 唐王朝の衰退のきっかけとなりました。 節度使の台頭 唐は、北方の外敵に備え、辺境地域に節度使…
九州・東北を除き、軍団制を廃止
そこで、兵力の質の向上のため、郡司の子弟を少数精鋭の兵士として採用する健児の制が採用されました。
九州は対外戦での最前線、東北は蝦夷との対立があり、兵力の縮小が望ましくなかったため、健児の制は採用されず、軍団制が維持されました。