前492年 第1回ペルシア戦争

ペルシアの戦士とギリシャの重装歩兵の戦い
ペルシアの戦士(左)とギリシャの重装歩兵(右)の戦い
語呂合わせ

欲に(前492)かられて、第1回ペルシア戦争

語呂合わせ

『イオニアで待ってるサップ』(ペルシア戦争の順番)

イオニア = イオニア植民市の反乱(前500年)

待 = マラトンの戦い(前490年)

てる = テルモピレーの戦い(前480年)

サ = サラミスの海戦(前480年)

プ = プラタイアの戦い(前479年)

アケメネス朝ペルシアに対して起きたミレトスを中心とするイオニア植民市しょくみんしの反乱(前500年)をアテネが支援したことにより、ペルシア戦争が勃発しました。

そして、第1回ペルシア戦争(前492年)は、アテネの反乱の介入をやめさせようとして、アケメネス朝ペルシアの王 ダレイオス1世が、軍を派遣したことで始まりました。

目次

イオニア植民市の反乱(前500年)

イオニア植民市しょくみんしの反乱は、イオニア地方のギリシア人植民市のミレトスで起きたアケメネス朝ペルシアに対する反乱です。

イオニアはイオニア地方という地方名、ミレトスは都市の名前です。

アテネがこの反乱を支援しましたが、結局ミレトスは陥落し反乱は鎮圧されました。

第1回ペルシア戦争(前492年)

アテネの反乱への支援に対し、ダレイオス1世は、報復を行うことを決定しました。これにより、第1回ペルシア戦争が始まることになります。

なお、ペルシア戦争は、第1回から第3回まであります。

暴風雨によりギリシアの不戦勝

ペルシア軍はギリシアの北側トラキアを制圧しましたが、海を渡ってギリシア本土を攻撃する途中で暴風雨に遭い、引き返すことになりました。この結果、第1回ペルシア戦争は、ギリシアの不戦勝となりました。

しかし、ダレイオス1世は、これでギリシアへの遠征をあきらめず、第2回ペルシア戦争へと続いていきます。

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