前60年 第1回三頭政治

ポンペイウス、クラッスス、カエサル
左からポンペイウス、クラッスス、カエサル
語呂合わせ

ローマ(前60)で、第1回三頭政治

覚え方

『ポンクラ帰る』(第1回三頭政治のメンバー)

ポン=ポンペイウス

クラ=クラッスス

帰=カエサル

第1回三頭政治は、ポンペイウスクラッススカエサルの3人が、元老院に対抗するために結んだ私的な政治同盟のことをいいます。

この出来事を契機に、ローマは、共和政から独裁へと傾いていくことになります。

この記事では、第1回三頭政治について整理し、高校世界史で問われやすいポイントをわかりやすく解説します。

目次

戦功を重ねるポンペイウス

ポンペイウス
ポンペイウス

ポンペイウスは、スパルタクスの反乱における残党狩りで名を上げ、その後も武功を重ねました。

この結果、ポンペイウスは、ローマ最強の将軍と見なされるほどの名声を手に入れます。

警戒する元老院

しかし、ポンペイウスが功績を挙げるにつれ、元老院は彼の権力が巨大化することを恐れ、対立するようになります。

第1回三頭政治 ― 元老院への対抗

同じ頃、大富豪のクラッススも提案した法案を元老院に退けられ、不満を抱いていました。

このポンペイウス、クラッススの不満に目をつけたのが、平民派として人気を集めていたカエサルです。

カエサルは三者の強みを調整し、

  • ポンペイウス:軍事的才能
  • クラッスス:財力
  • カエサル:民衆の人気

という協力体制を築くことに成功します。

こうして、前60年、私的な政治同盟として第1回三頭政治が成立しました。

第1回三頭政治が始まると、カエサルガリアに遠征し、クラッススパルティアに遠征して、それぞれ勢力を拡大させようとしました。

カエサルのガリア遠征

ウェルキンゲトリクス(左)とカエサル(右)
ガリア人(左)を降伏させるカエサル(右)

カエサルは、ガリア総督になると、前58~前51年にガリア遠征を実施。

ガリアを平定し、ローマ最大級の実力者として成長します。

ガリアは、現在のフランス、ベルギーにあたる地域です。

クラッススのパルティア遠征

クラッスス
クラッスス

クラックスは、パルティア(安息)に遠征しましたが、カルラエの戦い(前53年)で敗北し、戦死します。

これが、三頭政治崩壊の決定的な要因となります。

第1回三頭政治の崩壊

クラッススの死によって、三者の均衡が崩れ、ポンペイウスとカエサルは対立するようになります。

ポンペイウスの焦燥

カエサルがガリア遠征で勢力を拡大させると、ポンペイウスは、カエサルを恐れるようになります。

そして、これまで対立していた元老院と結び、カエサルを追放しようとしました。

ポンペイウスと結んだ元老院は、カエサルに軍隊解散と帰還を命じます。

ルビコン川 ― 「賽は投げられた」

ルビコン川
ルビコン川を渡るか悩むカエサル

怒ったカエサルは軍事境界線のルビコン川を渡り、ローマに攻め込みました。

カエサルはルビコン川を渡る時に「賽は投げられた」と言ったといわれています。

ポンペイウスは東方に逃亡しますが、エジプトで暗殺されました。

エジプトの女王クレオパトラ

クレオパトラをエジプト女王へ据えるカエサル
クレオパトラをエジプト女王へ据えるカエサル

カエサルがエジプトを訪れた際、エジプトの女王クレオパトラはカエサルに接近します。

クレオパトラはエジプトの滅亡を阻止するために、ローマの有力者と結ぶ必要があったのです。

カエサル、インペラトルになる

カエサル
カエサル

ローマに凱旋したカエサルは、元老院からインペラトル(最高軍司令官)の称号を与えられ、ローマの実権を握ります。

これによりローマは、カエサルによる独裁へと大きく傾いていくことになります。

理解を深めるQ&A

よくある質問を通して、学びをさらに深めよう!

第1回三頭政治のメンバーは誰?

ポンペイウス、クラッスス、カエサルの3人です。

語呂合わせで以下のように覚えます。

覚え方

『ポンクラ帰る』(第1回三頭政治のメンバー)

ポン=ポンペイウス

クラ=クラッスス

帰=カエサル

カエサルとポンペイウスの仲は?

最初は良好でしたが、のちに敵対しました。

カエサルの勢力拡大や、ポンペイウスの妻ユリア(カエサルの娘)の死去によって関係が悪化し、ローマ内戦に突入しました。

ルビコン川を渡ってはいけない理由は?

国家への反逆とみなされたためです。

ルビコン川は、ローマ本国と属州のガリアとの境界にあり、軍隊を率いたままローマ本国に入ることが禁止されていました。

なぜカエサルはルビコン川を渡ったの?

軍隊を解散してローマに戻れば、元老院に裁判にかけられ処刑される可能性があったためです。

「賽は投げられた」とはどういう意味?

「サイコロは投げらたら、もう後戻りできない」という意味です。

「賽」はサイコロのことです。

インペラトルとは何ですか?

共和政ローマで、凱旋した軍司令官に与えられた尊称です。

帝政ローマの時代にアウグストゥスが用いてから、皇帝の称号となりました。

この時代に興味を持つために ― 漫画『マンガ ローマ帝国の歴史』

さかもと未明の漫画『マンガ ローマ帝国の歴史』は、ローマ史を学んでいる方におすすめの漫画です。1巻では、主人公のカエサルの生涯が綿密な人物描写や心理描写と共にに描かれています。カエサルの幼少期から第1回三頭政治、ガリア遠征、そしてカエサル暗殺までの流れが、よく理解できるようになるでしょう。

関連年表

ローマ建国から共和政ローマの終焉までの歴史は、次の通りです。

スクロールできます
年号出来事
前2000年頃クレタ文明の成立(クレタ島を中心に青銅器文明が成立)
前1450年ミケーネ文明の成立(ペロポネソス半島に青銅器文明が成立)
前753年ローマ建国
前509年共和政ローマ
前494年聖山事件
前450年十二表法の制定
前367年リキニウス・セクスティウス法の制定
前287年ホルテンシウス法の制定
前272年ローマのイタリア半島統一
前264年第1回ポエニ戦争(第1次ポエニ戦争)
前218年第2回ポエニ戦争(第2次ポエニ戦争)
前216年カンネーの戦い(カンナエの戦い)
前202年ザマの戦い
前149年第3回ポエニ戦争(第3次ポエニ戦争)
前133年グラックス兄弟の改革
前107年マリウスの兵制改革
前91年同盟市戦争
前82年スラの独裁政治
前73年スパルタクスの反乱
前60年第1回三頭政治
前58年ガリア遠征
前44年カエサル暗殺
前43年第2回三頭政治
前31年アクティウムの海戦
前27年オクタウィアヌスの元首政(プリンキパトゥス)
目次