前58年 ガリア遠征

ウェルキンゲトリクス(左)とカエサル(右)
ウェルキンゲトリクス(左)を降伏させるカエサル(右)
語呂合わせ

ゴハン(前58)前に、ガリア遠征

ガリア遠征は、ローマの将軍カエサルが行なったガリアを征服するための軍事行動のことです。

これにより、ガリアはローマの支配下に入り、のちに属州になるきっかけとなりました。

ガリアは、現在のフランスを中心とする地域です。

この記事では、ガリア遠征について整理し、高校世界史で問われやすいポイントをわかりやすく解説します。

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目次

第1回三頭政治

ポンペイウスクラッススカエサルの3人は、元老院に対抗するため私的な政治同盟である第1回三頭政治を結成しました。

カエサル、ガリア総督に就任

カエサル
カエサル

カエサルは、ポンペイウスやクラッススの後押しによってガリア総督に任命されると、軍功を得るためガリア遠征を開始します。

ガリア遠征

ガリア人
ガリア人の兵士

ガリアには、ケルト系住民であるガリア人が居住していました。

カエサルはローマの勢力を拡大するため、ガリア諸部族を次々と制圧します。

また、示威行動としてブリタニア(現在のイギリス)遠征やゲルマニア(現在のドイツ)への出兵も行いました。

アレシアの戦い

ウェルキンゲトリクス
ウェルキンゲトリクス

ローマの支配が拡大すると、ガリア人指導者のウェルキンゲトリクスは、各部族を説得し大規模同盟を築いてローマに対抗します。

ウェルキンゲトリクスは、ローマを苦戦させたものの、前52年のアレシアの戦いでカエサルに敗れ、降伏しました。

これによりガリアの抵抗は終息しました。

ガリア戦記

カエサルは、ガリア遠征の過程を『ガリア戦記』にまとめ、自身の軍功をアピールしました。

これはローマ文学としても重要な史料です。

三頭政治の崩壊へ

ポンペイウス
ポンペイウス

ガリア遠征の成功によりカエサルの名声が高まると、三頭政治で協力関係にあったポンペイウスが次第にカエサルを恐れ始めます。

その後、カエサルとポンペイウスは対立し内乱へとつながっていきます。

理解を深めるQ&A

よくある質問を通して、学びをさらに深めよう!

なぜガリア遠征が行われたのですか?

カエサルが軍功を上げて政治的地位を向上させるためです。

カエサルは、なぜガリア戦記を書いたの?

ガリア遠征の正当性と自分の軍功をローマ市民にアピールするためです。

この時代に興味を持つために ― 漫画『アグリッパ』

内水融の漫画『アグリッパ』は、ガリア遠征について学んでいる方におすすめの漫画です。主人公のガリア人族長ウェルキンゲトリクスとローマの英雄カエサルとの戦いが、ガリア戦争を舞台に綿密に描かれています。

関連年表

ローマ建国から共和政ローマの終焉までの歴史は、次の通りです。

スクロールできます
年号出来事
前2000年頃クレタ文明の成立(クレタ島を中心に青銅器文明が成立)
前1450年ミケーネ文明の成立(ペロポネソス半島に青銅器文明が成立)
前753年ローマ建国
前509年共和政ローマ
前494年聖山事件
前450年十二表法の制定
前367年リキニウス・セクスティウス法の制定
前287年ホルテンシウス法の制定
前272年ローマのイタリア半島統一
前264年第1回ポエニ戦争(第1次ポエニ戦争)
前218年第2回ポエニ戦争(第2次ポエニ戦争)
前216年カンネーの戦い(カンナエの戦い)
前202年ザマの戦い
前149年第3回ポエニ戦争(第3次ポエニ戦争)
前133年グラックス兄弟の改革
前107年マリウスの兵制改革
前91年同盟市戦争
前82年スラの独裁政治
前73年スパルタクスの反乱
前60年第1回三頭政治
前58年ガリア遠征
前44年カエサル暗殺
前43年第2回三頭政治
前31年アクティウムの海戦
前27年オクタウィアヌスの元首政(プリンキパトゥス)
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