いつやろ(前1286)う、カデシュの戦い
エジプト新王国 第19王朝の王 ラメセス2世(ラメス2世、ラムセス2世)は、カデシュの戦いでヒッタイトのムワタリ2世とシリアの覇権を争いました。この時、世界最古の平和条約といわれるカデシュ条約が締結されました。
この記事では、カデシュの戦いについて整理し、高校世界史で問われやすいポイントをわかりやすく解説します。
アマルナ革命後の混乱

アメンホテプ4世(イクナートン)のよって行われたアマルナ革命とその子、ツタンカーメンの時代に行われた多神教の復活によって生じた混乱は、すぐには収まらず、国力の回復には時間がかかりました。

ラメセス2世の登場

その後、第19王朝が成立し、3代目の王、ラメセス2世(ラメス2世、ラムセス2世)の時代になると、再び強大な国として繁栄し始めます。エジプトはシリアへの進出を狙います。
アナトリアのヒッタイト
一方、アナトリア(小アジア、現在のトルコ)のヒッタイトもシリアへ勢力を伸ばそうとします。
ヒッタイトは、世界で最初に鉄を本格的に利用した国で、鉄製武器、馬、戦車を駆使した強大な軍事国家として知られていました。
この時は、ムワタリ2世が国を治めていました。
カデシュの戦い ― シリア地方の覇権争い
エジプトとヒッタイトの野心が交錯するシリア地方では、互いの勢力圏がぶつかり合い、何度も激突することになります。
特に激しかったのが、前1286年に行われたカデシュの戦いです。この戦いでは、カデシュという都市で、エジプト王ラメセス2世が率いる軍勢とヒッタイト軍が激突しました。
カデシュ条約 ― 世界最古の国際条約
エジプトとヒッタイトの戦いは引き分けに終わり、両軍は兵を引きます。
その後、両国は記録に残る世界最古の国際条約であるカデシュ条約を結びました。この条約により、互いの領土を尊重し侵略しないことなどが定められました。
アブ・シンベル神殿の建設

ラメセス2世は、カデシュの戦いの後、自らの偉業を伝えるため、アブ・シンベル神殿を建設します。石像の高さは20mで、4つともラメセス2世とされています。
「海の民」により衰退

ラムセス2世の死後、平和と繁栄の時代はしばらく続きますが、前1200年頃、「海の民」と呼ばれる民族系統不明の海洋民族の侵攻によって、エジプトは衰退することになります。
関連年表
エジプト第一王朝の成立からプトレマイオス朝エジプトの滅亡までの歴史は、次の通りです。
年号 | 出来事 |
---|---|
前3000年頃 | エジプト第一王朝の成立(上下エジプトの統一) |
前2686年頃 | エジプト古王国の成立 |
前2560年頃 | クフ王のギザの大ピラミッドが完成 |
前2040年頃 | エジプト中王国の成立 |
前1700年頃 | 異民族ヒクソスの侵入 |
前1550年頃 | エジプト新王国の成立 |
前1504年 | トトメス3世の親征 |
前1379年 | アメンホテプ4世がアマルナへ遷都 |
前1333年 | ツタンカーメンの即位 |
前1286年 | カデシュの戦い |
前663年 | アッシリアがエジプトを征服する |
前612年 | アッシリアが滅び、四王国に分裂する |
前525年 | アケメネス朝ペルシアがエジプトを征服する |
前332年 | アレクサンドロス大王がエジプトを占領 |
前305年 | プトレマイオス朝エジプトの成立 |
前31年 | アクティウムの海戦 |
前30年 | プトレマイオス朝エジプトの滅亡 |