前525年 アケメネス朝ペルシア、オリエント再統一

カンビュセス2世とプサムテク3世の会談
カンビュセス2世とプサムテク3世の会談
語呂合わせ

ご都合(前525)よく、アケメネス朝ペルシア、オリエントを再統一

アケメネス朝ペルシアは2代目の王 カンビュセス2世のとき、エジプトのプサムテク3世を破り、オリエントを再統一しました。

オリエントを初めて統一したのはアッシリアです。アケメネス朝ペルシアは分裂していたオリエントを再統一しました。

この記事では、カンビュセス2世のエジプト征服事業を整理し、高校世界史で問われやすいポイントをわかりやすく解説します。

目次

キュロス2世による建国

キュロス2世
キュロス2世

アケメネス朝ペルシアは、キュロス2世メディアを倒し、自立することで建国されました。

その後、リディア新バビロニアも征服し、オリエント世界で残っているのは、エジプトのみになります。

カンビュセス2世によるエジプト征服

プサムテク3世を捕らえるカンビュセス2世
プサムテク3世を捕らえるカンビュセス2世

キュロス2世の死後、息子であるカンビュセス2世は、2代目国王となります。

カンビュセス2世は父の意志を継ぎ、オリエント世界の統一のため、エジプト征服に乗り出します。

猫の盾

このとき、ペルシア軍はエジプト人が神聖視する猫を前線に配置し、心理戦を仕掛けたと言われています。

動物を傷つけることをためらったエジプト兵は弓矢を使えず、ペルシア軍に大敗を喫しました。

オリエントの再統一

敗北したファラオのプサムテク3世は捕えられ、後にペルシアへの策謀が発覚し、処刑されました。

こうして、カンビュセス2世は、エジプト征服を成し遂げ、オリエントを再統一しました。

そして、ダレイオス1世の時代へ

ダレイオス1世
ダレイオス1世

カンビュセス2世の後は、ダレイオス1世が3代目の王となり、最盛期を迎えることになります。

関連年表

アケメネス朝ペルシアの建国から滅亡までの歴史は、次の通りです。

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年号出来事
前550年アケメネス朝ペルシアの建国
前546年アケメネス朝ペルシアがリディアを滅ぼす
前539年アケメネス朝ペルシアがカルデア(新バビロニア)を滅ぼす
前525年アケメネス朝ペルシアがオリエントを再統一
前522年アケメネス朝ペルシアでダレイオス1世が即位
前492年第1回ペルシア戦争
前490年第2回ペルシア戦争(マラトンの戦い)
前480年第3回ペルシア戦争(テルモピレーの戦い)
前480年第3回ペルシア戦争(サラミス海戦)
前479年第3回ペルシア戦争(プラタイアの戦い)
前478年デロス同盟
前334年アレクサンドロス大王の東方遠征
前333年イッソスの戦い
前331年アルベラの戦い(ガウガメラの戦い)
前330年アケメネス朝ペルシアの滅亡
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