この記事では、宇佐八幡宮神託事件について整理し、高校日本史で問われやすいポイントをわかりやすく解説します。
称徳天皇の後継者問題

奈良時代末期、
道鏡の台頭

この頃、頭角を現したのが
道鏡は

宇佐八幡宮の神託

769年、事態は急展開を見せます。
和気清麻呂の派遣
真偽を確かめるため、
和気清麻呂は
広虫は孤児の養育事業で知られた慈悲深い女性で、清麻呂も誠実な人柄で知られていました。
真の神託の内容
神託の内容は「日本は建国以来、君主と臣下の区別が明確に定まっている。臣下を君主にすることはありえない。必ず皇室の血筋を継ぐ者を立てるべし」という、道鏡の即位を明確に否定する内容でした。
和気清麻呂への処罰
この報告を聞いた
清麻呂は嘘の報告をしていると疑われ、厳しい処罰を受けることになります。
称徳天皇の崩御
翌770年に状況は一変します。
これにより、道鏡の権力の源泉が失われました。
道鏡は薬師寺に左遷
権力の源泉が失われた
天武系から天智系へ
宇佐八幡宮神託事件の後、天皇の皇位継承は、天武天皇系から天智天皇系に移行していきます。
式家、藤原百川の暗躍


これにより、
光仁天皇は当時すでに60歳を超えており、中継ぎ的な性格の強い即位でしたが、この選択により皇統は大きく変化することになりました。
桓武天皇の即位と平安時代への道

781年、光仁天皇の皇子である
桓武天皇は平安京遷都を行い、平安時代を開く重要な天皇となります。

この皇統の変化により、天武天皇系による律令国家の時代から、天智天皇系による新たな時代へと移行していくことになるのです。
理解を深めるQ&A
よくある質問を通して、学びをさらに深めよう!
関連年表
奈良時代(710〜794年)の歴史は、次の通りです。
| 年号 | 出来事 |
|---|---|
| 710年 | 平城京へ遷都 |
| 711年 | 蓄銭叙位令の制定 |
| 712年 | 古事記の撰上 |
| 713年 | 風土記の撰上 |
| 713年 | 開元の治 |
| 717年 | 第9回遣唐使(阿倍仲麻呂・吉備真備・玄昉) |
| 718年 | 養老律令の制定 |
| 720年 | 日本書紀の編纂 |
| 722年 | 百万町歩の開墾計画 |
| 723年 | 三世一身法 |
| 724年 | 多賀城の設置 |
| 729年 | 長屋王の変 |
| 740年 | 藤原広嗣の乱 |
| 741年 | 国分寺建立の詔 |
| 743年 | 墾田永年私財法、大仏造立の詔 |
| 751年 | 懐風藻の成立 |
| 752年 | 大仏開眼供養 |
| 753年 | 鑑真の来日 |
| 755年 | 安史の乱 |
| 757年 | 橘奈良麻呂の変 |
| 764年 | 恵美押勝の乱 |
| 765年 | 道鏡、太政大臣禅師になる |
| 766年 | 道鏡、法王になる |
| 769年 | 宇佐八幡宮神託事件 |
| 780年 | 伊治呰麻呂の乱 |
| 784年 | 長岡京へ遷都 |
| 792年 | 健児の制 |
